バランス型PCL86超三極管接続V1プッシュプルフローティングOPTアンプ
盛りすぎ。
●経緯
やり残したこと、と言ったら大げさですが、前に作って音も出たけどいろいろ納得いかず(今思えば理解が足りず)、結局分解してしまったPCL86超三極管接続V1プッシュプルフローティングOPTアンプ(以下、旧PCL86プッシュプルと言う)の再挑戦です。
●フローティングOPT
フローティングOPTとは、もともとは出力段をチョーク負荷にして、プレートから出力を取り出す方式です。負荷をチョークではなく定電流にしたもの(を初めて見たの)がARITOさんの71A A級PPフローティングOPTアンプで、PCL86超三極管接続V1シングル定電流式フローティングOPTアンプ(以下、PCL86シングルと言う)や旧PCL86プッシュプルの定電流回路の実装方法も、それを真似しています。
この方式の面倒なところは、通常のトランス負荷やチョーク負荷であれば、B電圧を出力段の無信号時動作点のプレート電位+出力トランスDC抵抗分にしておけばいいところを、定電流負荷ではプレートのフルスイング+定電流動作分にする必要があることです。
また、この定電流回路は出力管と同程度に熱を発するため、相応の対策が必要になります。旧PCL86プッシュプルや本機では、146×70×17(17F146 L70)のヒートシンクに5つのPNP型トランジスタを密着させています。このアンプでは多めに見積もって33mA×4本×150V≒20Wで、この場合のヒートシンクの温度上昇は+60℃くらいなので、猛暑でも100℃を超えないはずです(そんな時期に使いたくないとも……)。そういえばこのヒートシンクは鈴蘭堂で買ったんだったなあ……。
明確な比較をしたわけではありませんが、正直なところ音については普通の差動プッシュプルとはあんまり差がない気がしています。それよりもPCL86シングルのように、シングルなのに出力トランスに直流が重畳されない=プッシュプル用出力トランスが使えて低音も出る、というのが、この方式の良い使い方だと思います。このアンプについては、まあ「再挑戦」なので。
●設計
全体の構成は、超三極管接続や負帰還の部分は(当初は)EL34超三極管接続V1差動プッシュプルモノラルアンプ(以下、EL34アンプと言う)と同じで、そこに出力段のフローティングOPTを組み合わせます。電圧帰還管カソードと出力管グリッドの間もCR結合です(問題あり、後述)。出力は、1本あたり電流は6V÷180Ω=33mA、電圧帰還管〜初段に約1mA行き、1本あたりの負荷は4KΩなので、片チャンネル(32×32×4÷2000)×2=4.1Wと、意外と出る?
B電源のリップルフィルターは、通常と比べると簡素ですが、ここの変動は音声信号とは関係ない定電流部分の上の方が揺れるだけなので、まったく問題になりません。定電流負荷の楽な部分ではあります。
定電流回路は旧PCL86プッシュプルとまったく同じで、ラジオ会館の若松通商で買った2SA1486というC-E間耐圧が-600Vもある稀有なPNP型トランジスタを使用していますが、今の入手性はどうなってるんだろう……。C-E耐圧は-400Vあればだいじょうぶですが、それでも売っているのを他に見つけたといえばAmazon内にあったKSP94くらい。しかしこれはTO-92パッケージで放熱は考えられていません。
定電流は出力段のプレート側にあるので、共通カソード側はSG電流が流れ込むことも含めて定電圧にします。定電圧といえばツェナーダイオードですが、ZDだけだと定格を超えるので、ZD+Trで構成します。C-B間電圧=ZD電圧に固定され、B-E間電圧約0.6Vを加えたのが共通カソード電位になります。ZDの選別は不要です。220ΩはZDが安定動作する電流(約2.7mA)を流すためのブリーダー抵抗です。
出力トランスは、いっそFE-25-8の新品を買うかとも思いましたが、TANGOトランスの扱いはtango-trans.comというとこに移っていて、CRD-8(FE-25-8相当)がペアで47,520円というのを見て一瞬で断念。そこで、音は好きといいつつ出力が小さくほこりをかぶっていたPCL86シングルからFE-10-8を剥がすことにしました。電源トランスは旧PCL86プッシュプルから引き続きPH-185で、これが最後のオールTANGOトランスのアンプになりそうです。
シングルの実績から裸利得約24倍、負帰還利得約6倍、負帰還約-8dBの想定です。
●製作
またしても奥澤さんにシャーシ加工を依頼してしまいました。穴あけしなくて済むのはもちろん、シャーシそのものの寸法を自由に決められるのがありがたい。W140×D270×H40として他のモノラルアンプと同様に奥に長く使い、やはり同様に出力トランスを前面にして、ついでに定電流部のヒートシンクも前面に出して、真空管を挟み込んでしまいました。密集感あって良い、というか狭い。
奥に長く使うということは、背面は狭いということで端子の場所に困って、スピーカー端子は上面にパネルを立てて取り付けました。端子むき出しですが、数Vですのでヤバい感電の心配はありません。
出力トランスの後ろ側上面にはB電源回路を置いて、EL34アンプみたいに黒のパンチングアルミ&アクリルで簡単なカバーを付けてみました。
定電流回路は、旧PCL86プッシュプルでモジュール化してあり、回路も同じなので、これをまったくそのまま流用します。平滑用コンデンサが真空管の間にはみ出す形になって、温度的に過酷なことこの上ない。
初段FETの想定動作点は0.9mAで、約2倍ちょっとあるくらいがいいので、idss 2.06mA×2と2.11mA×2をそれぞれペアにしました。今回2SK30A-Yを20本まとめて買いましたが、どれもidss>2mAでした。前に買って手元に残っているものは1.4mA前後が多かったので、少し驚き。
入力段&負帰還はいつもどおり小基板上にICソケットを並べて部品を挿していきます。さすがにFETとトランジスタで5個乗せたのは初めてです。
●修正1:CR結合→直結
ひととおりできて、おそるおそる電源を入れ、部品が焦げるなどの問題がないようなので各部の電圧を測ってみると、カスコードのベース〜コレクタ間電圧が、VRで初段の電流を増やして三極部(電圧帰還管)のK-P電圧を広げても、50〜60V程度から下がりません。
ちょっと考えればすぐわかるだろうという……この回路では動作点が定まる場所は、B電源、五極部(出力段)の共通カソード=初段のカスコードしかありません。つまり三極部のK-P間が例えば200Vに定まったとしても、その200Vの幅が位置するのはカスコードのベース電位からB電源(正確には定電流のすぐ下)の間どこでもいいのです。結果として「上」の方に張り付いてしまったのでしょう。
元になったPCL86シングルではどうしてうまくいっていたのか……三極部と五極部の間が直結で、こうすることで三極部のカソードが、定電圧である五極部のカソード電位-バイアスで固定されていたためです。
ではCR結合だったEL34アンプの場合はというと、出力段の負荷が定電流ではなく通常の出力トランスだったため、PCL86シングルとは逆に三極部のプレートがB電源(-出力トランスDC抵抗分)で固定されていました。
結論としては、フローティングOPTで超三極管接続V1をやろうとすると、直結しかないということです。PCL86シングルを差動プッシュプルにするだけでよかった?
また、気づいたらスクリーングリッド電源回路の24KΩが焦げてました。LM317Tの電圧設定用だし何となく0.5W抵抗を入れていましたが、ちゃんと計算したら2.6Wもかかることがわかりました。そりゃ焦げる。ここでそんなに消費(発熱)されても嫌なので、EL34アンプと同じようにMOS-FETで作り直しました。
しかし結局、当然ですが三極部の動作の違いや変化がプレート電位=出力トランス一次側に現れてアンバランスが起こってしまいます。初段の共通エミッタにVRでも入れようかとも思いましたが、時間がたてばまた変わってしまうだろうし……せっかくなので自動でプッシュプルバランスをとる仕組みを入れてやろうと思いました。
●修正2:DCバランスサーボ
DCバランスサーボは、元となったのは上條信一さんのEL34超3極管接続Ver.1プッシュプルパワーアンプで、ARITOさんのEL95超三結差動プッシュプルなどでも応用されています。正直、前に見た時はさっぱり、どの部分がサーボ回路にあたるかもよくわからない始末でしたが、今回どうしても必要ということで腰を据えて読んでみることにしました。以下、上條信一さんのEL34超3極管接続Ver.1プッシュプルパワーアンプを例に。
- 出力段に電流アンバランスがあると、EL34のカソード間に入れられた2Ω+2Ωの両端に電位差が生じる。
- 電位差は2つのPNPトランジスタ2SB648Aに入力される。2つの2SB648Aは、高抵抗1.5MΩ(定電流に近い)が共通エミッタにつながった差動となっているので、ベース電位に差が発生しても、両2SB648Aを流れる「電流の合計は常に一定」になる。
- ところが、下側のNPNトランジスタ2SC3381はカレントミラーを構成しているため、「両者に流れる電流は常に等しい」ことになる。例えば合計10の電流が、上側の差動で4:6に分かれた場合に、右側2SC3381(コレクタとベースが接続されている側)に流れる電流が4であれば、左側2SC3381にも4しか流れない。余った2は……左側2SC3381のコレクタから出て、初段右側2SK389のゲートに出ていくことになる。逆に右側2SC3381の電流が6であれば、左側2SC3381にも6流れる必要があり、足りない2は初段入力から入ってくる。
- この出入りする電流を、初段右側2SK380のゲートとアースの間の5.1KΩで受けることでバイアスが増減され、初段の電流量の調整が行われる。抵抗だけでは正常な音声信号にも追従してしまうので、無極性470μFを並列にすることで直流〜ごく低域のみが調整の対象となるようにする。
な、なるほど……。本機でもこのまま使えればよかったのですが、フローティングOPTではそもそも電流はそろっているし、そろっているかどうかに関係なく、出力トランス一次側は三極部のばらつきによってアンバランスになります。よって出力トランス両端の電位差を検出する必要があります。
しばらくは方法が思いつかず、あきらめてEL34アンプと同じ、普通の共通カソード定電流の差動+CR結合にしようかとも思いましたが、最終的には各五極部のプレート〜カソード間を高抵抗(2.2MΩと100KΩ)で分圧して、そこでプレートの電位差を検出することにしました。あとは既存の作例と同じです。なお2SA970と2SC2240はコンプリメンタリですが、単に両方とも入手しやすかっただけで、コンプリである意味はありません。
実装は初段周辺と同じ小基板を使いました。初段用に立てたスペーサーから絶妙な角度で張り出させていますが、接続に金属ステーを使っているので絶縁ワッシャーを挟んであります。470μF BPと4.7KΩは元の小基板のカスコードだった空地に入れました。
出力トランスFE-10-8の許容DCは4.5mA(片側DC 150Ωとして電位差675mV)ですが、これでアンバランスは1mA(両端300mV)未満でも安定できるようになりました。すごい。
●結果
工作上の大きな失敗としては、DCバランスサーボの2.2MΩが2.0MΩになっていることに気付かず、全然バランスが取れなくて定電流回路の一部、部品交換までしてしまったという。通常、抵抗は組み込む前に必ずテスターを当てるんですが、普段使うテスターがMAX 2MΩなこと、個包装のハイメグ抵抗がいくつか同じ場所に置いてあって混乱したこと、あたりが原因です。通販で買った時に混ざっていた可能性もありますが、だったらカラーコードを読めばよかったのです……。
調整は、まず初段VRの抵抗値は最小(最も電流が多い=プレート電位が高くなる状態)、DCバランスサーボのVRはだいたい中央付近にして電源を入れます。動作し始めた時点で一旦、初段VRを大きくしてB電源〜プレート電圧が140Vくらいになるようにします。しばらくして安定したと思われる時点で再び初段VRを調整し、次にプレート間=出力トランス一次側の電位差が0に近づくようにします。
負帰還ありの利得は、R:約4.7倍、L:約4.8倍(1KHz 10mV入力)となりました。プリアンプ前提なのでこの程度でも問題ありません。
音としては、予想どおりというか期待どおりというかPCL86シングルと同系統で、低音に独特の歯切れの良さがあります。EL34アンプや300B/6A3全段差動プッシュプルモノラルアンプに比べると多少軽いということかもしれません。FE-10-8の特徴の可能性もあります。PCL86(三極管接続)の普通の2段増幅ではちょっと痩せた感じがしましたが、超三極管接続で解消され、プッシュプルで出力も増加、という感じです。
なんか長かった……2015年の11月半ばから始めて中断ほとんどなしで2か月半かかりました。もう工作はしばらく……パワーアンプが3セットになったのでスピーカーとの切換器がほしい。パッチベイ方式がいいかな……。