PCL86超三極管接続V1プッシュプルフローティングOPTアンプ

2008.02.11

●経緯

 シンプルなPCL86プッシュプルフローティングOPTを作った後、それを超三極管接続の差動に改造(半分は実験)しようとしてうまくいかず(ただし、設計ではなく工作がダメだった可能性もあり)、いったんその計画は頓挫していました。その後、超三極管接続V1シングル+フローティングOPTは成功し、すこぶるゴキゲンな音を鳴らしていましたが、さすがに出力1.8W程度では足りない(スピーカーがBBCモニター系で能率も低目)。

 ということで、再び差動化を目論んでみました。PPフローティングOPTはすでに超三極管接続化実験でジャンクと化していましたが、せっかく2mm厚のシャーシに穴を開けたのを使わない手はありません。最小限の追加加工(後述)で電源トランスを大型化させ、電流を増量します。

 なんでそうまでしてフローティングOPTかというと、シングルなら出力トランスに直流が乗らないようにできること、五極管動作(超三極管接続を含む)であれば本来のプレート動作にスクリーングリッド(SG)電流の変動が混入しない、という利点があるからです。前者については、PPでは調整が必要なのは変わらないので、今回はあまり関係ないか。ただ出力を増やそうとすると、あらゆる面で大掛かりになってしまうので、5W程度が限界かなという感じです。


●設計

 超三極管接続V1の部分はシングルとまったく同じで、それを差動プッシュプル化します。前にやろうとした時は、五極部をフローティングOPT方式での独立定電流プレート負荷による差動、FETを共通ソース定電流による差動としていました。今回は、FETのバイアスによって決まる電流量は回路全体に対し影響を及ぼすため、FETソース側は個々の可変抵抗として、ソースどうしをコンデンサで結ぶ独立定電流式差動風にしてみました(設計時点では)。電源トランスはPH-185で、1本あたりの電流を元のPPフローティングOPTの25mAから33mAに増量し、これで約4W(32mA×32mA×8KΩ÷2000)出るようにします。

設計当初の回路図(赤はその後変更)


●製作

 電源周り、出力トランス周りなどはPPフローティングOPTの使える部分はそのまま生かしました。電源は回路的にはほとんど変化がないので、耐圧が不足する電解コンデンサを取り替えるのと、SG用定電圧回路の定数の変更程度で、あとは使いまわしです。

 面倒なのは電源トランスを大型化したことによる角穴の加工ですが、もともと使っていた電源トランスはGS-115、その1.5倍あまりの容量があるPH-185と比べると、115の角穴の長辺と185の短辺がほぼ同じ。ということで、1方向だけ穴を広げてやれば載せ替えが可能なのです。ていうかそのためにPH-185を選択したのでした。

 電源トランスの変更で場所がなくなった電源スイッチは、電源トランスのすぐ横に移動させましたが、つい「いったん上に引っ張りあげないと切り替えができないレバー」のスイッチにしてしまったら、そばに真空管がいるせいで熱くてOFFできなくなってしまいました。とりあえず結束バンドで「延長」しましたが、ちょっと格好悪い。

 定電流回路は、このアンプが失敗しても使いまわしが利くよう、いったんすべての端子(7端子)を端子台に接続しています。やる前から失敗することを考えるやつがあるかー出てけー。4ピンの端子台とユニバーサル基板の穴位置がピッタリでラッキーでした。

 あとは特に普段と変わらず。いいかげんAWG20の線を使う(自作初期からの惰性)のはやめようかなと思いました。電源周囲、ヒーター&アースの白と黒があれば、他はAWG24か、いっそ単線にするとかでもいい気がします。


●調整

 調整ポイントは、動作点プレート電圧(対アース)約195V、プレート間=出力トランス一次側両端電位差0とする……の2点ですが、試しにFETソース間を直結してみたら、特にドリフトしたりといった変な動きにはならないので、コンデンサははずして普通の共通ソースにしてしまいました。FETはIdssでペアを作っている(ただしgmなどは未測定)ので、共通にしてもゲートバイアスが大きくずれるということはありません。プレート間電位差の調整は、共通ソースにして余った一方の可変抵抗を、片側の電圧帰還管(三極部)のカソード抵抗に入れて、これでおこないます。なお、これらの可変抵抗には25回転ポテンションメータ(写真の青い部品)を使っています。

 改めて調整、まずは三極部カソードに入れた可変抵抗をもう一方と同じ4.7KΩに合わせておきます。テスターは2個あると便利ですが、可変抵抗を入れない側のプレート電圧を共通ソース可変抵抗で195Vに調整し、その後プレート間電位差を三極部カソード可変抵抗で0に近づけます。後者の調整でプレート電圧も変化しますが、そう大きくはないはずです。190〜200Vあたりなら問題ありません。

 裸利得が27.6倍(28dB)得られたので、ざっくり10dBの負帰還をかけることにしました。FETと負帰還抵抗用には、1ピン単位で割れるICソケットをユニバーサル基板に付けて、差し替えが利くようにしてあります。負帰還をかけて音を出すと……はい悲鳴(産声)があがりました。これでは正帰還ですので、出力トランス一次側の接続を逆にします。

初段周辺
左上から負帰還抵抗、電圧帰還管カソード抵抗、FET共通ソースの可変抵抗

 ダンピングファクターは、オーバーオール負帰還なしでも8以上(ON/OFF法)を得られます。さすが超三極管接続です。10KΩ・1KΩで前述のとおり約10dBの負帰還をかけてDFを測ってみたら、なんか20を軽く超えていたので、1KΩを可変抵抗(これもポテンションメーター、いろいろ用意してあった)に入れ替えて減らすことにしました。固定抵抗では微妙に、でも認識できる程度に左右のバランスもとれていなかったので、これも可変抵抗で補正します。最終的には利得10.0倍としました。

最終的な回路図(赤文字は電圧実測値)

利得(なし※)DF(なし)負帰還量利得(あり)DF(あり)
L23.4倍(27.4dB)8.307.4dB10.0倍(20.0dB)18.4
R24.4倍(27.7dB)8.077.7dB10.0倍(20.0dB)16.8

1KHz、20.2mV入力、※オーバーオール負帰還の有無


●結果

 一応完成したと思われた後も、たとえばストーブ(400W)をオンオフしたりすると、その瞬間、音が小さくなって割れてしまうという問題がありました。試しにコンデンサ容量を増やしても変化しないし……ふと思い出して、差動プリを通さずiPodから直接このアンプに接続してみたら、まったく問題なし。差動プリ2代目でトラブったヒーター定電圧の問題が、3代目(LM317Tに戻していた)でも残っていたようです。まあとりあえず、このアンプが悪いんではなくてよかった……。

 音は、シングルよりもいい意味で硬くて重くて、でもシングルで感じた歯切れの良さは健在で、超三極管接続でないPPフローティングOPTだった時に300B差動と比べて感じた、中域が少しやせてるというのもなく、いい感じです。ところが、出力に関してはこれでも足りない……というか、そもそも3W強程度あればじゅうぶんだと思っていたのが間違いだったようです。なんでそう思っていたんだっけか……。

 じゃあ、たとえば出力トランス一次側負荷を10KΩにする(そういうトランスに替える)と、32mA×32mA×10KΩ÷2000=5.1Wが出ますが、出力段の電圧振幅に320Vp-pが必要で、0V付近を使わない&定電流回路を合わせると400V程度の電源が必要になります。320V巻き線の電源トランスを使えばこれは簡単ではありますが、定電流回路にかかる電圧が2〜3割増しで放熱が足りなそうです。そもそも、電源トランスを替えるということはシャーシから作り直しが必要です。まあ300B差動もあるし、ほとんどの曲はこの出力でガンガン鳴るんで、とりあえずは良しとしましょう。

 というか、300B差動がいるんで、安心してこういうアクロバティックな?アンプを作っていられるんですが。

Wonder-Ranch by itokei