EL34超三極管接続V1差動プッシュプルモノラルアンプ
●経緯
これまで製作してきたアンプの中で、音が好きという点では、実はPCL86超三極管接続V1シングル定電流式フローティングOPTがベストだったりします。その後の経緯はEL34全段差動のページにも書きましたが、結局メインのパワーアンプは300B全段差動に落ち着いてしまいました。
五極管接続(超三極管接続も含む)で差動にする場合、プレートの増幅に現れない、スクリーングリッド(SG)電流も定電流源から抜かれることが問題ですが、定電流式フローティングOPTなら定電流回路とは別にSG電流を供給するため問題になりません。同じようにSG電流を定電流から除外するには、SG電流の回路をSG-K間だけでクローズすれば、通常の差動回路のままでできる……これなら大出力化もしやすいのでは……じゃあ浮いているEL34全段差動をベースに作れるのではないか、と考えたのがこのアンプです。
……と考えたのは2年半以上前、その時点で部品もほぼ集まっていたのですが、2012年2月に入ってようやく製作に着手しました。
●設計
EL34全段差動の元回路をできるだけ活かすことにします。出力段〜出力、初段FETと入力&NFBは、定電流回路を含めてそのままです。同じ電流値120mAを前提として、12AX7と組み合わせた超三極管接続としての特性とロードラインを引いてみます。このへんは超三極管接続を何作か作ってきたのと同じなので、ずいぶん慣れました。
構成はPCL86超三極管接続V1プッシュプルと、おおむね同じです。初段出力は2SK30Aと2SC1815のカスコード接続としました。カスコードで周波数特性が良くなるというのはありますが、これを考えてた時は2SK30Aの動作点が決まって、電圧帰還管のカソード抵抗の電位も自由に動けていいなくらいの意味だったような……。
B電源は、五極管動作だと三極管接続よりずっと低い電圧でよいので、元回路から電源トランス巻線を下げたうえで、電圧は抵抗ドロップのみにしました(改良の余地あり)。
SG電源はまったくの新規で、パワーMOS-FETによる定電圧回路としています。なぜこの素子にしたのか、すでに憶えていないのですが、たぶん千石電商あたりのサイトで売っているのを片っ端から調べて、耐圧や容量が合うヤツを選んだとかそんなだったと思います。
●製作
これもEL34全段差動をできるだけ流用します。面倒な出力管定電流回路やNFB周りの配線が使い回せるのは助かりました。ヒーターもE182CCと12AX7は同じです。
元のB電源回路はシャーシ上面に実装してカバーを取り付けていましたが、追加するSG電源用のトランスがでかくてシャーシ内にはゴム足分の高さを含めても収まらないため、上面はトランスにゆずるしかありません。追いやられたB電源回路はシャーシ内に移すしかないのですが、47uF/450Vの背が高く、しかしシャーシの高さは40mmしかないので、しかたなくシャーシ側面から横に立てる(?)ことになりました。
SG電源回路は5mmのスペーサーでなんとか高さ40mmに収まりました(ただしフタがあればおそらく接触)。しかしそれを固定する穴を開ける場所がなく、片持ち固定で、もう一方はB電源回路をよけるように斜めにして固定されないスペーサーで高さを確保という、苦しい配置となりました。
●調整
電源回路からおそるおそるチェック……モノラルの一方の、SG電源の電圧が0です、ていうかブリッジダイオードの手前にも電気が来ていません。SG電源用のトランスの二次側(0-200-220V)の端子間にテスターを当てると、どこも抵抗値が∞です。よくよく見ると、シャーシ上面カバーの幅に収めるために曲げたトランスの端子のとこで断線していました。痛恨。とりあえず断線手前を含めてはんだで固めたら、一応使えるようになりましたが、結局、秋葉原で買い直して取り替えました。今度は慎重に端子の曲げを。
そのSG電圧は、想定250Vに対して230V強でしたが、まあ問題ないでしょう。トランスの電圧降下を甘く見てたか。
一方のチャンネルの出力管定電流回路が、本来120mAのところ、なぜか170〜180mA流れていました。はじめ51Ωを外していたせいか、何か壊してしまったようです。その51Ωには約9Vとおかしな値ですが、定電流部の47Ωは約6Vとまともそうです。ということはTRがいったか……ということで新たに2SD2012を買って取り替えたのですが変わらず……壊れたのはCRDだったのです。3mAのはずが余計な電流がガバガバ流れ込んでいたと。CRDは余っているので3mA程度のに取り替えたところ、正常にもどりました。やれやれ
調整は、事前に電圧帰還管カソードの抵抗を、VRで固定側と同じ3.9KΩに合わせておきます。ここは普通のボリュームを使いましたが、多回転ポテンションメーターのほうが良いでしょう。また、初段FETの共通ソースのVRはざっくり3KΩにしておきます。電源を入れて安定したら、まず初段ソースのVRで、電圧帰還管カソード抵抗の両端が3Vになるよう調整します。次に電圧帰還管カソードVRで、出力プレート間電位差が――FE-25-8のDC許容アンバランスが7mAとなっていて、一次側直流抵抗が約285Ωなので――ざっくり2Vに収まっていればだいじょうぶです。普通のボリュームではこの調整が微妙になりすぎでした。
●結果
利得だけ。
1 | 2 | |
---|---|---|
利得(8Ω) | 13.5倍(22.6dB) | 13.4倍(22.5dB) |
利得(無負荷) | 14.5倍 | 14.3倍 |
DF(ON/OFF法) | 13.5 | 14.9 |
無帰還利得(8Ω) | 25.1倍(28.0dB) | 24.9倍(28.0dB) |
無帰還利得(無負荷) | 2.84倍 | 28.0倍 |
無帰還DF(ON/OFF法) | 7.6 | 8.0 |
負帰還量 | -5.4dB | -5.5dB |
スピーカーはRogers LS3/5A。低音の鳴り方がいい感じです。重くて硬くて。オフ会で聴いた、ぺるけさんの6AH4GT全段差動によるバレンボイムの「わが愛しのブエノスアイレス」の衝撃に迫れたかも。300B全段差動に取って代われるかは長期戦ですが。
欠点があります。ときどき音がひるんだように一瞬小さくなり、歪みます。どうも家庭用電源の電圧変動に耐えられないようです。B電源も定電圧化したほうがよいでしょう。
また、安定するまでに妙に時間がかかります。普通ならヒーターが温まればすぐ動作点に収束するのですが、これはヘタすると数分かかります。このへんのメカニズムをあまりよく理解できていないのはいかんなと思いつつ……。
ということで、正直おすすめしにくいアンプになったぜ。
●電源電圧変動の対策その1
上で書いたとおり、このアンプは電源電圧の変動(と思われる)で一瞬音がひずむという大きな欠点があります。これを解決しないと安心して聴けるアンプになりません……。
とりあえず、B電源をSG電源と同じパワーMOS-FETによるリップルフィルターに変えてみました。「とりあえず」と書いたように、これは実は何も考えずにやってしまったのです(むしろMOS-FETの動作条件にひっかかりやすくなる?)。まあリップルフィルターとしての性能は上がるのでやって損はないのですが、ひずみの解決にはなりません。
あと下がった動作電圧に引っかかりそうというと……B電圧の変動はカスコードの2SC1815-C〜E間電圧の変動に現れます。これがベース電位12V(ZDの電圧)に対して食い込んでしまうと、正常な動作ではなくなります。ここもZDの電圧を6Vに下げてカスコードの動ける範囲を広げてみましたが、解決しませんでした。
そこで、ぺるけさんの掲示板に、このページに変更後の回路図といくつかの点の動作電圧を追記して、質問を書き込んでみました。
わかったこととしては、以下のとおりです。
- 初段は定電流回路にするべき。負帰還が入る=同相信号が多い初段の共通ソースを抵抗にすると差動でなくなる割合が多くなる。
- 電源電圧の変動に加え、熱などによる12AX7の動作の変動も、すべてカスコードのC〜E間電圧に現れる。変動に弱い回路である。
- 信号を増幅することで、カスコードのC〜E電圧はピーク±10Vほど振動する(自分で試算)。
つまりカスコードC〜E電圧は、増幅のための10V(そんなに大きい音は出さないけど)に加えて、電源電圧変動分の余裕が必要ということになります。これは初段を耐圧が低い半導体にして余裕がない超三極管接続V1に共通の欠点ということか……。
また、(以前のPCL86版も含め)初段を定電流回路にしてうまく動かなかったのは、定電流値が大きいため電圧帰還管の動作点が初段に食い込んでいたためということにも、この時になって気づきました。
そこで、初段の共通ソース〜C-間を、2SK30AにVR(多回転ポテンショメータ必須)を抱かせて調整可能な定電流回路にします。これは電源を入れる前に単独で1.6mA程度になるようにして、そこから抵抗値を上げる=電流値を下げて調整します。調整しながら2SC1815-C〜E電圧を見て、増幅での振幅10V+電源変動対応10Vの約20Vになるようにします。これだけカスコードの電圧を広げておけば、ひずむことがほぼなくなることはわかりました。ほぼ、でした……。
●電源電圧変動の対策その2
その1の最後の調整で2SC1815-C〜E電圧を見ていると、まったく安定せず、幅10Vくらいを上がり下がりしています。その時に、大元の家庭用電源のAC電圧をインレットで測ってみると、96〜99Vあたりをぬるぬると動いていました。調べてみると、家庭用電源の許容変動幅は101V±6Vという情報があります。12Vの幅があるということで、このような回路にはたまったもんじゃありません(電源が1V変化すると整流後電圧は3.8Vくらい変化するのでいくら余裕があっても足りない)。そこで、上記の掲示板で教えていただいたsushi-kさんのPCL86超三極管接続P-PにあったDCサーボを取り入れることにします。
動作としては、下記のようになります。
- 変動がない状態では、220KΩ(12AX7+39KΩの真空管抵抗=約400KΩを2本並列にした値に合わせる)を流れる電流がカレントミラーを通して2SK30A+500ΩVRの定電流と並列になり、合わせて初段〜電圧帰還管の定電流値となる。
- 2SA1486-BとEはアースに対して電位が固定されており、B+の変動がそのまま220KΩ両端電圧に現れ、流れる電流がわずかに(+5Vで+0.023mA)変化する。
- 220KΩを流れる電流の変化がカレントミラーで初段の定電流値の変化となる。
- 電流値の変化が12AX7+3.9KΩの電圧変化に反映される(真空管抵抗値400KΩ2本並列なので+0.023mAで+4.6V)。
- トータルすると、B+電位の変化(+5V)と12AX7+3.9KΩの電圧(動作点)変化(+4.6V)が相殺されることで、2SC1815-C〜E電圧への影響はわずかになる。
キモは220KΩです。他は470KΩ0.5Wが2SA1486-Bの対アース電位を決める以外は、トランジスタやCRDの耐圧対策です。2SA1486は前に使った残りがたまたまあってC〜E耐圧が600Vもあるのですが、PNP型で200Vもあればいいはずです。
実装は、初段周辺と同じく20ピンIC用小型ユニバーサル基板にピンソケットを並べておいて、挿せる部品はそこに挿すだけです。平ラグの超小型版のイメージです。基盤を立てる穴を今さら開けるわけにもいかないので、貼り付けボスでスペーサーを1本だけ立てて出力トランスの真下に置いています。最後にハンダでピンを固めるつもりがそのまま……。
実装後、電源を入れると、カレントミラーが並列で増えた分、初段の電流値が大きすぎるので、2SK30Aに抱かせたVRの抵抗値を増やします(バイアスを深く)。そうして2SC1815-C〜E電圧が増加しだすと音もまともになるはずです。時間がたって動作が安定してから、2SC1815-C〜E電圧がざっくり20V程度になるようにして、その後、出力管のプッシュプルバランスを調整します。
サーボを入れる前に比べると2SC1815-C〜E電圧は明らかに動きが小さくなります。あくまでも電源電圧のゆるやかな変動への対応なので、12AX7の動作の変化には追従しませんが、これでじゅうぶんでしょう。
●直結からCR結合への変更
出力管(EL34)電流のプッシュプルバランスは、直結である電圧帰還管(12AX7)の動作の影響を受けて変動しやすいため、いくら調整してもキリがないと思いました(今これを書いていて、でも五極管だから電圧変動は関係なくないか?と……)。調整は電圧帰還管のカソードの可変抵抗で行っていますが、この抵抗は出力管への入力にもろに影響を与えるため、これもよくないと思いつつ他の手を思いつかなかったのでした。
そこで、電圧帰還管カソード〜出力管グリッドを直結ではなく、CR結合にしてDC動作を分離することにしました。簡単に思いつきそうなのですが、超三極管接続V1をCR結合にするのは意外と作例が少なく、それでも試す分には簡単だと間にCRだけはさんでみたところ、問題はなさそうだったので、えいやで進めてしまいました。ただ、これを超三極管接続V1と呼んでいいのかどうか。電流増幅である初段と直列の電圧帰還管、電圧帰還管による出力管へのPG帰還という要素はそのままなのでいいのかな。
これにより、定電流値(÷2)で決まるバイアスが、出力管カソードの対アース電位(約16V)で動作点になります。直結時は50V程度だったので、定電流回路と直列の抵抗は小さくします(お試し時は抵抗は単にショートさせていた)。
プッシュプルバランスは、通常のプッシュプルと同様(?)、両管のバイアス基準を0〜マイナス電源(-3.8V)で可変にすることで調整します。
直結がCR結合になって、でも自分では音の変化は特に感じず、そして回路としての安定感への安心感はずっと増したので、これで回路としては完成としましょう。なお、もともとの改修目的である一瞬のひずみについては、当初に比べて発生が大幅に減りはしたものの、撲滅するには至りませんでした。うちではそんなにキツい電源変動があるのか……なぜか2台ある冷蔵庫のでかいほうがヤバそうな気が……。